ぜひぜひ読んでほしい本のショートreviewをUPします!
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せかいいち大きな女の子のものがたり
 発売当時に購入し、開放感のある物語と、美しい絵に、なんだか神話みだいだと惚れ込んでしまった絵本。
 書棚を見ていて思い出し、再読していみた。

 ゆうかんな男の子や力もちの男の子、ちえのある男の子のはなしは、これまでにたくさんかたりつがれ、えがかれてもきた。けれどもこれは、ゆうかんで力もちでちえのある大きな女の子のおはなし。

 と、書いてあり、その通りの物語ではある訳だが、その上、落合恵子の訳というのが前面にでていて、フェミニストとしての彼女の活動を思い浮かべさせ、そういう風に読むべしという匂いがぷんぷんする。

 もったいないなぁ・・・。
 へそ曲がりの私は、読むべしとナビゲートされるのが大嫌いだ。
 そんな風にしか、読めないのはもったいない。

 だから、本当に、この本を手にとる人は、そんなせせっこましい世俗的なことを忘れて、このせかいいち大きな女の子の、おおらかで牧歌的な物語を、ただ楽しんで欲しい。
 破格に力持ちで、勇気があって、大きくて、驚くようなことをいっぱいやってのけていて、全部を取り揃えているのに、クマ退治に名乗り出たら、家で裁縫でもしてろとたしなめられる滑稽さは、理屈ではなく体感すれば良いことだと思う。  

 特別な木板、否、木製の紙に描かれた絵は本当に美しい。
 そして、女の子の表情は実に人間味溢れていて豊かである。

 アンジェリカが「どろんこ てんし」と よばれるように なったのは、
 そのときからだ。アンジェリカの うわさばなしは、まるで、みちばたに
 さく ヒマワリみたいに、そこらじゅうで つぎつぎに さいたのさ。
 どれだって みんな、ほんとの はなしだったよ。

 道ばたのヒマワリをつないだような、幸福でユーモアあふれる物語世界である




           せかいいち大きな女の子のものがたり
        書籍データ 冨山房 アン・アイザックス 文 ポールO.ゼリンスキー 絵
                       落合恵子 訳 199602
| 14:40 | 絵本 | comments(0) | trackbacks(0) |
365まいにちペンギン
 記名のない小包が届く。
 中には、「ぼくは ペンギン 1ごう おなかが すいたら なにか たべさせてね。」というメッセージと共に1わのペンギンが入っている。

 つぎの日も、小包が届き、そこにはペンギンが1わ。
 そして、つぎの日も・・・。

 題名どおり、365日にわたり、毎日、記名のない小包で、ペンギンが送られてくる話である。
 家族は、最初喜び、増え続けるペンギンに混乱するようになり、怒りを覚え、ノイローゼ気味になり、そして、慣れ、一緒に楽しむすべを覚えていく。
 この絵本は、ペンギンの収納(!?)や、数え方、エサ代の割り出しで、足し算や割り算、掛け算、立方体の考え方を提示される数学的楽しみもあるが、それでは、計算しつくせない、生き物の過剰さが絵から溢れているところが面白い。

 そして、一年が経ち、ペンギンとの共同生活が普通になった家族から、ペンギンは回収されてしまう。

 でも、またある日、記名のない小包が届き、その中には・・・・・・。


          365まいにちペンギン
            書籍データ ブロンズ新社 ジャン=リュック・フロマンタル ぶん
              ジョエル・ジョリヴェ え 石津ちひろ 訳 200612
| 23:15 | 絵本 | comments(0) | trackbacks(0) |
ちょっとだけまいご
 久々に、表紙に一目ぼれして買った絵本である。
 太古からやってきたような民族的な雰囲気を持つ色使い。

 民話ではない。
 巣から落ちたフクロウの子どもが母親を探す物語である。

 絵本にはよくあるテーマではあるが、この本には、リスという助っ人がいる。

 すごーく、おおきい
 みみが、とんがってる

 チビフクロウは、母親の姿を一生懸命リスに説明する。
 お節介なリスは、その形容詞で思いつく大人のところへ、チビフクロウを連れて行くのだが・・・。

 主観と客観のずれを巧みに物語にしていて面白い。
 チビフクロウは、巣を出て、主観と客観を学び、世界を広げるのである。
 
 にも関わらず、最後、「心配して、探している」という極めて主観的な事実で、母親が見つかるのである。

 客観より主観が優先してこそ、母の存在なのだとまぜっかえす物語に力とユーモアを感じる。

 心配してもらって、友だちが出来、世界が広がるのであれば、迷子も悪くないと思わせてくれる絵本である。

 おっ おー!
 


            ちょっとだけまいご
          書籍データ BL出版 クリス・ホートン 作 木坂涼 訳 201210
| 22:54 | 絵本 | comments(0) | trackbacks(0) |
どこ行っちゃったの?
 きのう、君はでていったっきり。なんでか、ボクにはわかんない。
 君がいないと眠れない。
 夜はまっくら、くらのくら。
 闇にはお化けがひそんでる。
 部屋はとつぜん広い海。
 ボクのベッドはちっちゃな島。

 物語の始まりである。
 絵本でなければ、どんな風にこの詩を読むのだろうか?
 軽薄なPOPSの恋愛歌だと、歌詞を聞き流すだろうか?

 しかし、これは絵本である。
 ぬいぐるみを抱いた少年が、空洞の目で、もの言いたげに凝視する。

 言葉の俗っぽさと、いかにも子どもの本らしい絵が、不思議なくらい大胆に、こちらの想像力と、知性を刺激してくる。
 
 温もりのある絵である。
 ここには、育児放棄のような具体的社会性は伺えない。

 世間の大きさと、自分の大きさを感じながら、
 孤独な思いを抱えて、
 誰かわからぬ誰かを待つ、探す。

 誰かにいて欲しい。
 自分を支えて欲しい。
 気配を感じるだけでは嫌だ。

 そして、それは新しいものではなく、「お帰りなさい」といえる、見知った何か。

 成長期の空洞を、真っ直ぐに、哲学的に歌い上げる絵本。



              どこ行っちゃったの?
            書籍データ 未知谷 アンドレアス・シュタインヘーフェル
              ヘリベルト・シュールマイヤー 絵 大川温子 訳 200308
| 21:27 | 絵本 | comments(0) | trackbacks(0) |
それいけ! アンパンマン
 『あんぱんまん』より、現在のアニメに等身も近く、名前もカタカナのアンパンマンになった『それいけ! アンパンマン』である。

 ( 参考 → 
http://yukareview.jugem.jp/?eid=725 )

 死ぬほどお腹がすいている人のところに現れるアンパンマン。
 興味本位でアンパンマンを食べようとする人からアンパンマンは逃げ、力ずくでアンパンマンを食べようとするものにはアンパンマンの美味しさはわからない。

 強くもなく、格好良くもないアンパンマンは、社会的意義を一切持たず、飢えたものを助ける。その行動には、迷いも気負いもない。
 その単純明快な行動に、いかなる状況下であっても、飢えから子どもを救いたいという、作者の強い意志を感じる。


                        それいけ!アンパンマン (フレーベルのえほん (9))
              書籍データ フレーベル館 やなせ・たかし 1975 
| 23:39 | 絵本 | comments(0) | trackbacks(0) |
『あんぱんまん』 『あんぱんまんとばいきんまん』
 やなせたかしさんが2013年10月13日心不全のため亡くなった。94歳だった。

 知らぬものはいないであろう「アンパンマン」
 幼稚園に通うまでくらいの子どもたちは、みんな一度は「アンパンマン」に夢中になる。
 この絵本は、テレビアニメ、もしくはおもちゃ、ゲーム、幼稚園現場で大活躍のキャラクター「アンパンマン」が、まだ、ひらがなの「あんぱんまん」であった頃、「アンパンマン」の原型である。

 『あんぱんまん』では、ツギアテだらけのマントを着たあんぱんまんが、砂漠で餓死寸前の旅人や、迷子になった子どもに自分の顔を食べさせて救い元気付ける。
 『あんぱんまんとばいきんまん』では、嫌なにおいを撒き散らす ばいきんまんが、ジャムおじさんのヤル気を奪う。

 あんぱんまんとは、なんだったのかと考える。
 もちろん、やなせ・たかし自身が語っているように、捨て身、献身の存在であり、当時の派手に悪という漠然とした存在をやっつけるヒーローへの疑問符的存在であったには違いない。
 しかし、作者の意図を越えなければ、あんぱんまんはアンパンマンとなり、これだけ大衆の心を摑まえることもなかったのではあるまいか?

 最初の作品群に、より生の理想が読み取れるに違いない。

 あんぱんまんは、善意と生命力の象徴であったのだろう。遠くの人も、近くの人も、困ったいる人を助けたいという読者の気持ちを、あんぱんまんは実にわかりやすく行動にしてくれる。
 その存在に対抗する存在として、ばいきんまんがいるが、ばいきんまんは、怠け心の象徴のような風情であり、その臭いと雰囲気で、生命力を奪い、腐食させる。

 この単純さが心地よい。

 愛と勇気は、単純で成し難いものだ。

 人気者になるにつれ、パターン化していくのは仕方ない部分もあるが、時々、初期作品を読んでみるのも面白いものだと思う。

 正義という漠然としたものへの疑問。
 その危うさへの警句が聞こえてくる絵本でもある。
 そして、その精神は、どんなにアンパンマンがキャラクター化していっても守られている精神ではなかろうか。
             あんぱんまん (キンダーおはなしえほん傑作選 8)   
           あんぱんまんとばいきんまん (キンダーおはなしえほん傑作選 43)      
   書籍データ
   『あんぱんまん』 フレーベル館 やなせ・たかし 197605
   『あんぱんまんとばいきんまん』 フレーベル館 やなせ・たかし 197909     
| 21:28 | 絵本 | comments(0) | trackbacks(0) |
うんこ日記
 一週間ぶりにお父さんが帰ってきた。
 「旅」と書いてあるが、お父さんの職業は、ライターだろうか? 記者だろうか?

 お父さんがいなかった一週間。
 しょうへいは、お父さんに絵日記をみせる。

 お母さんは何をつくってくれて、自分は何を食べたのか。
 お父さん不在の七日間のうんこの記録。

 そして、天辺には、今日、うんこになる予定のエビフライ!

 しょうへいの大作絵日記を、冷蔵庫にマグネットで留めて、三人仲良く食卓を囲む。エビフライを食べる。お風呂上りのビールの雰囲気。

 なんという大らかさ、なんという幸せな風景。

 素晴らしきかな「うんこ日記」


           うんこ日記
                         書籍データ BL出版 村中李衣・川端誠 200407
| 22:28 | 絵本 | comments(0) | trackbacks(0) |
シンデレラ
 巻末に教訓のついた、ペローの童話である。

 飾り立てることより、物腰の上品さが、幸せを呼ぶのだという「教訓」は良いにしても、いくら、才能をもっていても、名付け親がいなければ何の役にも立たないという「教訓 その2」は、いささか生々しすぎる気がする。つまり、後ろ盾がなければ、すべて無駄だという結論を感じずにはいられないからである。

 二人の継母の連れ子が、着飾ってお城へ出かけるが、王子様が突然あらわれた美しい人と踊る姿を、悔しいとも思わず、綺麗な人が来て、私たちに親切にしてくれたと自慢する幼さが印象に残った。この部分に、先人たちは、どんな思いをこめたのだろうかと考える。

 しかし、その手の届かぬ物語世界を、東逸子は、実に巧みに繊細に描いている。
 闇の中で光るドレスと、灰の上に座ってなお美しいシンデレラ。

 物語の、違和感と、神々しいほど美しい絵が、教訓が息づく不思議な空間の奥行きを、中世の扉のように重厚に読者の心に視覚化しているように思う。
 


          シンデレラ―小さなガラスの靴 (ミキハウスの絵本)
       書籍データ Mikihause 東逸子・絵 天沢退二郎・訳 1987
| 14:24 | 絵本 | comments(0) | trackbacks(0) |
ピルエット Pirouette
 ピルエットとは、片足のつま先で立って行うバレエの旋回のことである。

 この本の出版当時、東逸子の陶器のような肌と静けさを持つ少女の静止した絵が好きだった私は、ボリショイ・バレエに入れあげていた頃であったこともあり、なぜ東逸子がダンサーを描くのか? という疑問で思考が止まっていたように思う。
 再読するというのは、重要なことだ。
 こちらの状態で、本質が見えないことも、見逃していることも多くあるものだとそんなことを思った。

 
それがどのような深いところに潜んでいようとも、
 人間は、誰しも潜在的に美意識の所有者です。
この美意識を表現したいからこそ、私たちは踊るのです。

                   アンナ・パブロワ

 と、いう言葉が扉に紹介されている。

 バレエに関心のある人には、改めて言うまでもないが、アンナ・パブロワは、その活躍から100年が経つ今でも、、『瀕死の白鳥』といえば、アンナ・パブロワといわれるロシアのバレエリーナである。
 その美意識を意識する前の、少女たちが、静かな差し込む光に、わずかな埃が舞っている教室に駆け込んでくるところから物語は始まる。
 歴史と、今。ざわめきと静けさ。
 言葉にならない思いと、身体の線だからこそ表現できる何か。
 足の指に丁寧にほどこされたテーピング。
 メイクを施す少女たちのハッとする艶やかさに、舞台の緊張を思う。
 生活と、美意識。

 読み終われば、幕が上がる。
 自分の中の、潜在的な何かが、カタッと音を立てる気がする。

 

           ピルエット
               書籍データ 河出書房新社 東逸子 1993
| 23:50 | 絵本 | comments(0) | trackbacks(0) |
アリアドネの糸
 些細な日常の屈託を、抽象で描く面白さと、読みすすめていくにつれ、ほぐれされる感覚を堪能できる絵本。

 アリアドネはお父さんに怒られ、泣きながら家を飛び出る。
 上着のポケットに手を入れると、お父さんの操り人形の糸が入っている。

 アリアドネは、糸を蹴る。
 そうしたら、糸は、ほどけて飛んでいき・・・。

 アリアドネを導く糸は、アリアドネを守り、楽しませ、小さな冒険の旅へ誘う。

 そして、帰還。
 重い心を抱えながら、アリアドネは家の扉を開く。

 「さっきはどなって、わるかったな」

 表題の、アリアドネの糸は、有名なギリシャ神話の一説からとっている。
 クレータ王ミーノースの娘・アリアドネは、テーセース がラビュリントス(迷宮)のミーノータウロス退治をする際に道案内の糸玉を与え、彼を 助けた。 そのことから、正解への道しるべを意味する言葉として使われるようだ。

 飛び出した勇気と、父と娘の間に流れた、お互いが不在の時間。
 なかなか、悪かったといえないのが親子だと思うけれど。
 だからこそ、悪かったなの変哲もない一言が、不思議な癒しになって、哀しい心に流れ込んでくるのかもしれない。

                       アリアドネの糸
                              書籍データ 光村教育図書 ハビエル・ソウリーノ 文
               エレナ・オドリオゾーラ 絵 宇野和美 訳 201106
| 22:02 | 絵本 | comments(0) | trackbacks(0) |