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64 ロクヨン 前編 ・ 後編

 横山秀夫の小説『64(ロクヨン)』(文藝春秋 2012)の映画化。

 横山秀夫の待望の新作の映画化、豪華キャストによる、前編後編に分けた4時間にわたる映画であることも含め話題になった。

 

 作品世界については、直後に書いている。

(参考 → http://mi-bookreview.jugem.jp/?eid=22http://mi-bookreview.jugem.jp/?eid=22 )

 

 4時間という長さは全く感じなかった。

 映像の利点を大いに感じる作品でもあった。豪華キャストが、映画の呼び込み惹句には終わっていない。それぞれの人生、価値観、生きて来た道、瞬間の映像にそれが滲んでいた。膨大な情報量を与えながらも、また、同じ時間に並行して起こる様々なことを、それぞれの価値観で受け止めながら、生きている人間たちのうごめきは、映像でないと複雑すぎてうまく租借できないのだとも思った。物語ではなく、まさしく、日常のように複雑雑多な時間を見事に描いていた。

 

 俳優たちが良い。常識と野心を持ちながら、広報官の三上(佐藤浩市)に惚れる部下・諏訪(綾野剛)の若さ。部下に寛容なようでいて全く話を聞いていない県警本部長・辻内(椎名桔平)との話のかみ合わなさとデスクの上の健康野菜ジュース。新聞記者・秋川(瑛太)の尖がった正義感と使命が、戦っていたいだけなのではないかと三上に恫喝され揺らぎ問い直される瞬間。若き県警捜査二課長・落合(柄本佑)の丸腰で放り出された記者会見での記者とのやり取りや踏ん張りどころ。どれをとっても印象深いシーンだ。また、本当の悲しみを知る人間だけが持つ優しさを感じる三上の妻( 夏川結衣)をはじめ、女性陣のリアリティは原作をこえていると言ってよいと思う。

 

 幾重にも板挟みになりながら、自分の正義を貫こうとする三上と、その上司・松岡(三浦友和)の姿には何度もグッときたし、多くを語らない、娘を殺された男・雨宮(永瀬正敏)と、関わった刑事たちの時間の重みは身につまされるものがあった。

 

 「娘の不在」とどう生きるのか、「組織の歪み」をどう引き受けるのか。

 それを最後、犯人の娘の号泣に背負わせてしまう重さと、傷の象徴的構図は、映像ならではで、文字でやろうものなら非道な矛盾におぼれてしまうだろう。

 

 原作では、陽を当たる道を歩いてきたがゆえに引き受けなければならなかった損と、華のある人間故にどんな場所でも人を惹きつけ動かす人間性を持つ三上、そして、影を歩いてきたからこそ見える真実と、冷静さ、だからこそ成し遂げられる、独特の正義を持つ二渡という二人の男の生き様が交錯するのが一つの見せ場であったが、映画では、誘拐事件の顛末に関わる三上の姿が物語の主軸に据えられている。それはそれで、面白かったけれど、やっぱり、私にとって納得がいかないのは、三上の心が最後職場を離れてしまうことだ。上と刺し違えても広報官にお前を残すという二渡に、三上は背を向ける。三上が広報官を辞すると決めつける記者たちの前に三上は現れず、部下の諏訪が代わりを務める。

 三上が警察を辞めたまでは語られてないものの、職場より、娘と向き合う(家出の理由、現在の生活も不確かな不在の娘)を選ぶというラストには、世間が組織人に求める安直な成長や反省を、極めて、薄っぺらい形で背負わす、本当は何も解決していない一方的なハッピーエンドだとさえ思う。

 

 

 

         

                2016年 東宝  監督 瀬々敬久 出演 佐藤浩市 

| 23:48 | DVDなど | comments(0) | trackbacks(0) |
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