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ことばの詩集 − 方言と手紙
 9cm×6cmの小さな本である。

 その中に、副題通り、方言と手紙をテーマにした詩が収録されている。



 心に直接届く、素朴でわかりやすい詩集だから語れば語るほど本質から遠ざかるような気がする。だから、読んで見てほしいと言う言葉が一番正しい感想のように思うのだけれど…。

 その中の一遍、糸永えつこ「迷い」の中の一説が、この詩集の意味を語りかけてくる。



 また取り出して 読み返し

 破る



 手紙と

 時間と心を




 手紙は、言葉という本来多数と共有するためにあるコミュニケーションツールを、一人にだけ向ける濃密さの凝固物だ。その極めてプライベートな行為と言葉を、読者に開いて見せる。時間と関係の二重構造が、途切れた情報とともに心に残る。



 方言もまた、あるコミュニティでのコミュニケーションツールという点では、読者にとって、ニュアンスを掴めないことで、登場人物にある濃密な何かを伝えてくる。

 収録の詩は、大きく分けて、方言から少し外れたところにいる詩の中の私が、方言によって経験するものと、方言の中に自分がいるからこそ、特別な言葉として響くものとに二分されているように思う。



 例えば、石谷陽子「わたしのことば」では、東京では関西弁、芦屋では東京弁といわれる自分の言葉について、読者にぶつけるようなリズムで書いてある。うたかいずみ「べっちょない」では、おばあちゃんがつかっていた、「なんとかなる。大丈夫。」という意味の「べっちょない」という言葉。その方言コミュニティから少し離れたところにいる主人公にとって、おばあちゃんだけが使う特別な言葉だ。一般的な言葉としてではなく、おばあちゃんと自分の間にある、どこか未知の魔法の言葉のように感じる様を読者と共有することに成功させている。



 そして、小野浩「勇気」のように、「はよ とびこまんか」という言葉に背中を押されて勇気を掴んだ瞬間を方言ならではの、小さなコミュニティの濃密さを、読者に感じさせるからこその入り込めないような、その場面への憧憬を感じさせ、主人公が掴んだものに、より特別な輝きを与えているのではないだろうか。



 手紙、方言。

 滅びようとしているかもしれないから、我々はそれらのものに付加価値を求めがちだ。しかし、本当の濃密さの媒体として、手紙や方言の存在を守ってくれるのは、スローガンではなく、こういった個別のエピソードであり、その言葉、場面にある力なのだと思う。


 

   



       書籍データ 掌の本 銀の鈴社 201408
| 23:55 | 児童文学 | comments(0) | trackbacks(0) |
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