ぜひぜひ読んでほしい本のショートreviewをUPします!
<< June 2017 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 >>
スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

| | - | - | - |
田中慎弥の掌劇場
 田中慎弥の本を読んでみたいと思っていた。
どんな作品を書く人だろうか? そう思いつつ、なかなか縁がなかったのは、逆に、定期的に存在を確認するチャンスを得ていたからだろうかなどと考えたりする。
 今回、自作をご本人が朗読し語る姿をみて、本作を購入した。
 「聞こえなかった声」である。
 もともとが新聞に掲載されていたというショートショートということもあり、イメージよりは大衆的なものを書くのだなと思った。しかし、「オチ」という概念に頼らない、おもねることのない創作姿勢に対しての語りは興味深く、他の作品も読んでみたいという気持ちに駆り立てられた。

 芥川賞受賞の席で「もらってやる」と、やや感情的な発言をされた印象が強かった。気持ちは理解できると思いながら、それでも、私は、その矛先にいたであろう石原慎太郎を、文学者としてではなく、政治家として揶揄したことが不満で、どう収拾がつける気だろうかと思っていた。しかし、石原慎太郎が、ちょっと困惑したように、自分は、田中慎弥の小説は評価していたのだがというような発言をしたことで 私の気持ちは収まった。
 もっと大騒ぎになれば良いと煽りたてるマスコミに水を差す、石原慎太郎の「大人の対応」とも言えるのだろうが、私には、才能というのはそういうふうに扱うものだという思いが強かったので、善悪や事象なんてどうでもよく、石原慎太郎は、田中慎弥の才能に敬意を払うという正しい行動をしたのだとひとりごちた。

 単純な物言いをしてしまえば、石原慎太郎が、芥川賞作品としてどう評したか、どんな風にその他の場所で語っているかなどは二次的な問題で、不遜な若い作家の態度を許した。石原慎太郎は、「論」ではなく「行動」で田中慎弥の才能を認めたように私には思えたのだ。

 それが、評論家ではなく、作家が作家を評するということではないだろうか。

 前置きが長くなった。
 一言でいえば、田中慎弥が語った、オチになってはいけないという自制心と曖昧さが、人間と言う存在に届き、深めている作品群である。
 いかにショートショートの名手といわれる人のものでも、単行本で読めば読むにつれ食傷気味になるものだ。同じ論や見せ場を繰り返させられる感じに振り回されている気がして、早く読み終えてしまいたいような気持ちになってしまう。新聞、週刊誌、月刊誌で、時折読めば面白かったかもしれないという後悔に襲われながら、起承転結の決められたリズムに憎しみさえ感じ出す。結局、好きな本、好きな作家として自分の胸に食い込んではこない物足りなさを感じずにはいられない経験をしてきた。

 面白かった。最後まで飽きなかった。
 色が、理屈が、思いが、一編一編に溢れていて、一気に読む読者にさせ、毎日、週、月の時間の流れを与えて、一作一作に向かい合う空間と引力を持っている作品が多かった。

 評しにくい本だ。
 好きな作品について語るしかない。

 
「色」
 
桃色の雨が降っている。
 そんな風にはじまる。色を持つ女と、色を持たない私の愛の顛末だ。
 
色のない私は、女の持つ色が自分に移ってくれることを祈った。そうなってこそ、二人は本当に愛し合えるだろう。色にならない気持ちなど、本物ではない。
 そんな文章の妙に最緒まで、恋のようなときめきと切なさが滲み、なぜか諦めの静けさを感じる作品。

 
「肩車」
 父親との折り合いが悪く、長らく実家に帰ったことのなかった男が、父親が介護状態になったことで妻に進言され実家に家族で帰省する話である。男にも変哲もない日常があり、実家での日々は、実家を継ぐつもりはないと言った時の父の怒りに封印されたうすっぺらい過去になっている。
 不在の時間などなかったように、妻と子は一般的な風景として実家に馴染み、母も姉も男を迎え入れる。病のせいで上手く言葉を発することのできなくなった父は、ただただ存在としてそこにある。姉の言葉と姉の夫の存在に、自分の不在を強く感じながらも、実家に帰ったからこそ思い出した、父に肩車してもらった思い出。行き交う時間の複雑さ。なんのドラマもつくらない描写に、多くのドラマがあり、読み終わったあと、不意に泣き出したくなる作品だ。

            田中慎弥の掌劇場
             書籍データ 田中慎弥 毎日新聞社 201203
| 00:58 | 一般書 | comments(0) | trackbacks(0) |
スポンサーサイト
| | - | - | - |









 
この記事のトラックバックURL

http://yukareview.jugem.jp/trackback/780