ぜひぜひ読んでほしい本のショートreviewをUPします!
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夢の途中、夢の扉、そしてその先は
 長い間、ブログを休むことになってしまった。
 11月まで一緒に海外旅行を楽しんでいた父が、突然、末期の肝臓癌で余命三ヶ月だと宣告を受けた。そして、健康に輝いていた父は、その宣告を追いかけるように、日に日に体調を崩し、45日で、この世を去ってしまったのだ。
 父の死から、一ヶ月余り。
 家族葬にしたこともあり、我が家には訪問客が絶えない。
 生前の父の話を聞くたびに、父は自分の仕事を、こんなにも愛していたのかと胸が熱くなる。
 父の死を、号泣で自分の胸に刻み込む方々の多さに圧倒されながら、父が死の直前に語っていた「自分は、人としても企業人としても幸せだった」という言葉になんの偽りもなかったのだと、先輩、同僚、後輩の方々の姿に実感する毎日である。
 父は、学歴もなく、なんの後ろ盾もない中で、一部上場企業の役員にまで登りつめた人だ。
 時代がそうさせた幸運もあろうが、父は、自分の腕っ節と能力で、手に入れがたいものを手に入れたのである。私はどんなにあがいたところで、企業という場で、父のように偉くはなれないだろうが、そんな風に、人に感じてもらえる仕事を成し得る人間でありたい、そんな人間関係を築ける人間でありたいものだと切望する。どんな場でも、仕事、人間関係を構築するのは自分自身に他ならないのだと父は教えてくれた気がするのだ。そして、それが、確かに生きたという証ではないだろうか。

 随分、昔になるが、父と、夢の話をしたことがある。
 子どもの頃の夢はなんだったのかと問う私に、父は何やら思い出したような遠い目をした。そして、
「少しでも良い暮らしをしたいというのも、夢の内に入るのかな。」
 そう言って笑った。
 自慢の父の、極めてつまらない回答に、当時の私はふてくされた。その時の、父の、愛情深い視線が不思議な違和感として自分の気持ちにずっと残っていた。
 父は、嬉しかったのではないだろうか。
 大人になって、父の人生の概要を知ることができた私はそんなことを思う。
 父は「少しでも良い暮らし」という言葉を望まない環境を子どもに与えている確かな成果を、娘の反応に感じたのではなかろうか。
 余命三ヶ月と言われた時、父は、やるべき事は全部やったから、自分の人生に悔いはないと言った。それは、父が夢を叶えた人だったからだろう。そして、企業という場で出世するということを、父は夢を叶える手段にもゴールにもしなかった。自分らしく生き通したことで、素晴らしい成果と、強い人間関係をも手に入れたのだ。誇らしくも、羨ましい一生だったと思う。

 幼い頃の、私の夢はなんだっただろうか。
 今、そんなことを思う。
 夢は、具体的でなくても良いのだと、父の一生を感じながら思う。
 夢に向かう、生き方。
 それが、人の人生の価値を決定付けていくのだ。

 見果てぬ夢に自分を追い込む度胸もなく、企業人としての自分の生活を「生業」と呼ぶ。
 私は、風流人として楽しく日々を暮らしているともいえるけれど、生活は不満に満ちていて、どこか言い訳めいている。一本の筋がない・・・。

 ブログの再開にあたり、 
 一度、無邪気に夢の話をしてみようと思った。

 私は、小さい頃有名になりたかった。
 役者に憧れたこともあったし、作家になりたいとも思った。
 それは、一流の人間と関わり、一流の人間と語りあえるということを意味していた。

 有難いことに、私は、一流の方々と出会う多くのチャンスをいただいている。
 そして、「生業」なんて嘯いているけれど、企業人として一流の人に出会えるチャンスがあるから、結構楽しく毎日を暮らしているのはないか。

 そう思えば、私は夢の途中だ。

 気づいたことで、夢の扉は開くだろうか。

 あとは、自分自身が、その一流の人に向き合っても恥ずかしくない存在で、対等に会話するに不足のない知識と、話術と、立場を備えられるかということである。

 気づいたときには親はいない。
 父は、どんな小さな目標、大きな目標を立てながら、夢を叶えていったのだろうかと思う。

 でも、なんだか、ちょっと、頑張れる気がしてきた。
 今のままで、自分らしく、である。 




              

             BGMは、ヤッシャ・ハイフェッツのヴァイオリン。
             サラサーテ の ツィゴイネルワイゼン 他 1951-1952
| 15:51 | その他 | comments(2) | trackbacks(0) |
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驚きました。
そんなに急に旅立たれたのですね。
お母様、気を落としておられることでしょう。
ご愁傷様です。
| 草の香り | 2014/03/10 22:57 |
草の香り様

人の死は、その人と出会い直す瞬間でもあるのだと感じています。そんな時間をもらえることは、遺族として幸せだとも思いますが、やっぱり、寂しいですね。
| ゆかちゃん☆ | 2014/03/12 01:34 |









 
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