ぜひぜひ読んでほしい本のショートreviewをUPします!
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☆ 秋は、物語の海で泳ごう ☆
 今日は、彦根市立図書館にて、私が属する彦根市児童図書研究グループの研修会。
 小学校中学年・高学年へのおすすめの本を話してもらいたいというオファーだった。

 
表題は ☆ 秋は、物語の海で泳ごう ☆

 常日頃から、子どもたちに本を手渡すことに取り組んでおられる皆さまなので、絵本は数多く読まれているわけだが、なかなか、中学年・高学年になると読み漁って選別する時間がない。と、いう訳で、誰かにおすすめをもらって、取っ掛かりを作ろうということで、白羽の矢を立てていただいた次第。(たぶん)

 リスト作りは、自分の最近の読書傾向を振り返る意味でもたいへん刺激的な作業。
 翻訳モノの数が少ないことに反省。
 また、「中学年・高学年」向けと申し出に、自分の感覚と、一般論をすりあわせるために、リストの備考にインターネット書店などでどのような層向けの販売になっているかを記入。
 しかし、この分類には違和感があった。
 まず、中学年向きと呼ばれる書籍の狭さである。
 もちろん、出てくる子どもが、高学年なら高学年読み物、中学年なら中学年読み物と安直に振り分けられてしまうのだろうが、
 『ともだちまねきねこ』 (参考 
http://yukareview.jugem.jp/?eid=28 )なら、充分中学年でも読めそうなものだが、高学年に分類されている。
 逆に、というか、中学年の狭さゆえに、高学年の本の分類はあまりに広い。個人差がある年齢であることはもちろん承知していてもこの広さは不安を感じる。
 そして、翻訳モノの分類も不可思議である。『リーコとオスカーともと深い影』 (参考 
http://yukareview.jugem.jp/?eid=722 )は中学年に分類されている。日本作家の分類に比べると、文字の量といい、深さといい高学年に分類されそうなものだと思う。もちろん、中学年で出会ってもらいたい本であるにはちがいないし、読める本だと思う。こちらの感覚は翻訳モノの分類に近い感触を受けた。
 どんな基準で振り分けているのか気になる。分類に振り回されても仕方ないわけだが、ある以上気になるのも人情というもの。
 しかし、考えても基準がわからないので、自分の体内リズムを最後は信じるしかなさそうだという安直な結論に至る。

 どんな本を紹介したかという話は、最近ブログで紹介した本に重なるため割愛したい。
 
 最近、きっちり本を勉強しておられる集団にお話させていただくときは、『魔女じゃないもん!』 (参考 
http://yukareview.jugem.jp/?eid=713 )を熱く薦める事を常としている。
 こういう装丁の本を、軽い・子どもに媚びた作品だと判断できる時代は終わったことを認識しなければ、これから我々は本を手渡す人間としての機能が正当に発揮できないと考えているからだ。もちろん、そういう本もある。良い作品を書く作家でも、こういう装丁の本は、手を抜いているわけではなかろうが、自分の主軸からはずれたものとして書いているとしか思えない作品もある。だから判断はムツカシイ。
 でも、この本を、読書への窓口などという橋渡し的な役割として扱わないでほしいという思いがある。使い捨てられるべきでない物語を、使い捨てるように扱うべきではない。だから、私が、この本をどんなに好きで、どんなに凄い物語世界を持っていると思っているかを語る。
 固定概念は、私が思っているほど根強いものではないというのが率直な感想。
 ソフトカバー文庫はたくさん出ているから、どれから読んでいいのか分からない。おすすめしてもらえると嬉しいというノーマルな言葉が返ってくる。

 たくさん読んだ中で三十冊弱の本を選ぶのだから、紹介する私も熱弁になる。
 今日は、図書館側が用意してくれた、講演会後借りていける紹介本は、全て誰かの手に渡った。
 熱が伝えられた安堵感。私は、手渡すものとして機能したということだ。満足、満足。
 
  
| 22:17 | 講演会 | comments(0) | trackbacks(0) |
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