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リンカーン
 スティーブン・スピルバーグ監督が、名優ダニエル・デイ=ルイスを主演に迎え、アメリカ合衆国第16代大統領エイブラハム・リンカーンの人生を描いた伝記ドラマ。
 ダニエル・デイ=ルイスの、少し猫背の、思慮深い、そして孤独な立ち姿が、どんな言葉よりも、リンカーンという人物を立体的に表現している。その姿と、人の心を掴まずにはおかなかったであろう、温かな声を聞くだけでも一見の価値ありといいたくなる映画。

 しかし、最初期待したイメージとは随分違うなというのが第一印象。感動大作という予告や、アカデミー賞受賞の晴れがましい宣伝文句、スピルバーグ監督作品だから、と、いうイメージからは遠かった。
 これは、心理戦、政治、議会の物語である。
 感動的な山場にしようと思えば、いくらでもできる場面があろうが、けして、リンカーンを超人的なヒーローととらえず、一人の固い信念を持った、政治家として描いている。
 人とのつながりも、これだけの政治家であれば、惚れた人間も数多くいただろうが、一人の魅力的な人間を中心にした義理人情の世界におさめてはいない。まさしく、それぞれの利害が渦巻く会議の場。多数決の原理。登場人物、それぞれが、生き様を露呈しながら、人間としてリンカーンと対峙し、あくまでも、奴隷制度廃止の「合衆国憲法修正第13条を下院議会で批准させる」ことへ、YesというかNoというかの決断と選択一点に焦点を合わせている。
 ミラクルはない。どんなに卑屈でも、どんなに身勝手でも、議員であるかぎり一票は一票の同じ重みを持つ。その一票をYesに投じしてもらわねば、自分の信念が具現化しないという事実。

 人気大統領という地位に甘んじることなく、奴隷解放運動を推し進めたリンカーンは、一方でその運動が引き起こた南北戦争で国が2つに割れるという未曾有の危機にも直面していく。

 人は、「大義」を通すためには、詭弁も良しとするのか?
 「大義」のために、プライドや固執を、胸におさめきれるのか?

 憲法修正に必要な数の「Yes」を勝ち取るためには、言わせるほうも、言う方も、それぞれの何かが問われ、試されていく。

 政治的な動き、それぞれの思惑。圧巻であったのは、リンカーンが、公の人であり続けるために犠牲にしたプライベートな部分への迷いはもっても、政治家としてはけして迷わない部分であろう。自分の信念を通すために邪魔になる、人の悪意や弱さ、差別心をリンカーンは、個人として責めることはない。あるのは採択へのゆるぎない思いだけだ。

 リンカーンは孤独だ。
 もちろん、同じ思いを抱えて、会議の場にいる人も多くいる。リンカーンの手足となることを生業とし、その思いを実現するべく活動している人々もいる。リンカーンを尊敬している兵士たちも、良い大統領だと声をあげる市民たちもいる。
 しかし、それは「大義」に賛否する生活者であって、リンカーン信者でも、リンカーンの仲間でもないのだ。
 家族とて、過分な応援をリンカーンにした様子は描かれない。生活者としての自意識と、当たり前の家庭への不満をリンカーンにぶつけ、自分の人生を歩んでいる。

 人はみな、まず、自分の生活があって、大義を思う。
 きれい事ではない日常とは、そういうものだ。
 その先に、政治があり、それを統括する大統領がいる。
 リンカーンは、政治の場に生き、そこで、大統領として、自分の理想をカタチにした大統領だった。
 そういう話である。
                    
          
           スティーブン・スピルバーグ 監督 2012 アメリカ映画
| 23:14 | 映画 | comments(0) | trackbacks(0) |
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