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演劇界 2012年12月
  雑誌『演劇界』2012年12月号の巻頭大特集は「歌舞伎と映画」である。
 銀幕を飾った俳優として、市川雷蔵、大川橋蔵、萬屋錦之介の考察がなされていて興味深い。
 中でも、わが敬愛する萬屋錦之介についての上村以和於の語りが素晴らしい。

 
萬屋錦之介と、中村錦之助と。
 その人を、萬屋錦之介という名前で記憶している人と、中村錦之助という名とともに思い出を甦らせる人と、大げさに言えば二種類の人種がいる。萬屋錦之介と名を改めたのは昭和四十七年だが、つまり、それほど、この人は俳優として大きな変貌を遂げたのだった。

 そんな言葉で始まる評は、批評としての評価以上に、どちらを自分の胸に大切な思いと共に刻みつけたかという見る側の受けとめ方に関わるものだと言い切っている。この役者への、評論家のそういう眼差しこそが、多くの人に愛された稀有の役者の人生を物語っているのかもしれないと思う。

 私がライブに知っているのは萬屋錦之介であるわけだが、多くの中村錦之助映画を幼い頃から見ていたせいもあり、「錦兄ぃ」の存在は、どちらに偏ることもなく自分の中で共存している。リアリズムに傾いたころのすざまじい形相も、アイドル然とした陽性の啖呵も、そして、映画全盛期の役者特有の武勇伝も、ゴーストライターを使わず書いた、ちょっとヘタッピなんだけど成熟された世界に裏打ちされた人間性溢れる、豊かなエッセイもすべて私の憧れの「錦兄ぃ」だった訳である。
 上村以和於は、「稟質の高さ」という表現をしている。
 稟質とは、天からうけた性質。生まれつきの性質。天賦の性質。天性。の意であり、この美しい言葉は、萬屋錦之介という役者を見事に表現しているのではないかと思う。

 上村以和於は言う。

 
内田吐夢監督との『宮本武蔵』五部作は、一年に一作ずつ五年がかりで、武蔵を演じる錦之助の俳優としての成長と武蔵の剣に生きる者としての成長を重ねようという構想が見事に当たって、一作ごとに、錦之助が演技者として大きくなってゆくのを目の当たりに見せた。そうしてその先に、萬屋錦之介への変貌が達せられるのだが、私個人の思いとしては、この辺りから、わが心の中村錦之助との別れになったような気がする。重々しく、暗く勿体がついてゆく錦之介に、私はあまり馴染めなかった。以後の錦之介については、私よりふさわしい語り部がほかに多くあるだろう。

 そして、こう結んでいる。

 
晩年、甥である当代の歌六にこういうことを言っていたという。熊谷でも盛綱でも、やれと言われたら明日にでもやって見せられる。だが俺の体には、もう歌舞伎の匂いがなくなってしまったのだ、と。
 私はこの記事を読んで感動した。錦之介は、歌舞伎を深く愛していたのだ。そうして歌舞伎と、自分自身を、よく知っていたのだ。

 私は、この結びに、何故だか、泣き出したいほど胸が熱くなった。


                  
| 15:24 | その他 | comments(0) | trackbacks(0) |
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