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第62回滋賀県文学祭
 滋賀県が主催している、滋賀文学祭が今年も行われた。
 小説・随筆・童話・詩・作詞・短歌・俳句・川柳・冠句・情歌と各界で活躍されている講師の方と出会える面白さはもちろん、公募入選作の方々の表彰、交流もあり、楽しい集まりである。

 本年度の、基調講演は
    「書くこと・生きること −作品に編んだ作家の思い−」
                    今関信子(児童文学作家)

 常識的にとらえるという安心感の中からは物語は生まれない。
 心が躍ってないと、作品は熱を持たない。
 発見が物語をつくる。障害を一つ入れることで、物語は、いろいろな方向へ展開する。
 
 といった、作品作りの基礎や手法の話から、自身が父親を看取った経験を『さよならの日のねずみ花火』(国土社 1995)という作品に昇華させるまでのプロセスの話まで、生活、日常の緩急と物語の展開の違いなども含め創作の舞台裏の話を聞いた。

 自分の創作の基盤として、最後に紹介された井上ひさしさんの言葉は印象的であったので引用しておく。

 むずかしいことを やさしく
 やさしいことを ふかく
 ふかいことを おもしろく
 おもしろいことを まじめに
 まじめなことを ゆかいに
 ゆかいなことを いっそうゆかいに

                井上ひさし

 そんな話を聞きながら、私は、芥川賞作家の藤沢周さんと話したことを思い出していた。
 作家というフィルターを、いかに魅せるか、いかに消すかというような話をしていた時だ。酒席だった。自身が個性的な色気のある文体で独特の世界を描いているにも関わらず、「消す」に傾いた発言をされる藤沢さんに、私は、率直に疑問をぶつけた。
「白黒映画の時代に、女優の情熱的な赤い口紅の色は、実際には黒を塗ったのだそうです。黒が、白黒フィルムというフィルターを通すと、赤い扇情的なものとしてみるものに伝わる。作家のフィルターを通すということは、そういう虚構を真実よりも真実として魅せるということだと思うのですが。」
 その時、藤沢さんがいった言葉は印象的だった。
「だけど、黒が赤に見えるでしょう? 白黒映画ってそういうものでしょう? と、いう作家の手つきが、見えたら興ざめでしょう。」
 どう魅せるか? そこに作家の手つきがあってはならない。その潔さが、藤沢文学の根幹であるようにも思えた。
 その作家が、書かねばらならい衝動と、その作家が書く意味と、そして、手つきが見えない物語。
 創作のテーマと、テクニックは、複雑に絡み合っている。
 
 結局、どう生きるかだな。
 そんなことを感じながら聞いた講演会だった。
| 23:15 | 講演会 | comments(0) | trackbacks(0) |
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