ぜひぜひ読んでほしい本のショートreviewをUPします!
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そろそろ・・・
 父の死から、八ヶ月が経って、やっと落ち着いたような、まったく落ち着いてないような毎日だ。
 なんとなく、何も手につかない、この感じは、喪失感ともいえるだろうし、一種、張り合いのない自堕落なサボり癖のようにも思う。思考は動くけど、父が生きていたときのような焦燥感を、私は失ってしまった。
 自分自身も、一秒一秒死に近づいている実感はあるのだけど、なんだか、じゃぁどうするのさという開き直りみたいな気分で、私は時空をたゆたっている。

 父が死んだ直後は、父の理想の娘になりたいと望んだし、父が死んでしばらくたった時は、父がくれた豊かな環境に感謝して子どものように夢を追いたいと誓った。

 なのに、なんだか、また、ぼんやりしている。

 本も読んでないし。

 呼吸のようにそばにあって、愛してやまなかった本の世界。

 なんだろう、私は何がしたいんだろう。
 
 考えれば考えるほどわからなくて。でも、考える価値はあるのかという、極めて根本的な思いが顔をもたげる。
 生きている意味あるのかなぁ・・・それは、思春期のような、死への憧れや、存在意義を問う強い感情ではなくて・・・本当に、うすぼんやりとした虚無感のようなもので。

 どうしたものだろう。

 なんだか、このままでいるのが辛いのだ。
 何かを壊したい欲望にかられるのは・・・私の命の力のせいだろうか。

 そろそろ・・・この虚無感から脱したいのだけど。



                   
   BGMは、マウリツィオ・ポリーニ(ピアノ) カール・ベーム(指揮) ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の、ベートーヴェン  ピアノ協奏曲第4&5番《皇帝》
| 21:40 | その他 | comments(0) | trackbacks(0) |
夢の途中、夢の扉、そしてその先は
 長い間、ブログを休むことになってしまった。
 11月まで一緒に海外旅行を楽しんでいた父が、突然、末期の肝臓癌で余命三ヶ月だと宣告を受けた。そして、健康に輝いていた父は、その宣告を追いかけるように、日に日に体調を崩し、45日で、この世を去ってしまったのだ。
 父の死から、一ヶ月余り。
 家族葬にしたこともあり、我が家には訪問客が絶えない。
 生前の父の話を聞くたびに、父は自分の仕事を、こんなにも愛していたのかと胸が熱くなる。
 父の死を、号泣で自分の胸に刻み込む方々の多さに圧倒されながら、父が死の直前に語っていた「自分は、人としても企業人としても幸せだった」という言葉になんの偽りもなかったのだと、先輩、同僚、後輩の方々の姿に実感する毎日である。
 父は、学歴もなく、なんの後ろ盾もない中で、一部上場企業の役員にまで登りつめた人だ。
 時代がそうさせた幸運もあろうが、父は、自分の腕っ節と能力で、手に入れがたいものを手に入れたのである。私はどんなにあがいたところで、企業という場で、父のように偉くはなれないだろうが、そんな風に、人に感じてもらえる仕事を成し得る人間でありたい、そんな人間関係を築ける人間でありたいものだと切望する。どんな場でも、仕事、人間関係を構築するのは自分自身に他ならないのだと父は教えてくれた気がするのだ。そして、それが、確かに生きたという証ではないだろうか。

 随分、昔になるが、父と、夢の話をしたことがある。
 子どもの頃の夢はなんだったのかと問う私に、父は何やら思い出したような遠い目をした。そして、
「少しでも良い暮らしをしたいというのも、夢の内に入るのかな。」
 そう言って笑った。
 自慢の父の、極めてつまらない回答に、当時の私はふてくされた。その時の、父の、愛情深い視線が不思議な違和感として自分の気持ちにずっと残っていた。
 父は、嬉しかったのではないだろうか。
 大人になって、父の人生の概要を知ることができた私はそんなことを思う。
 父は「少しでも良い暮らし」という言葉を望まない環境を子どもに与えている確かな成果を、娘の反応に感じたのではなかろうか。
 余命三ヶ月と言われた時、父は、やるべき事は全部やったから、自分の人生に悔いはないと言った。それは、父が夢を叶えた人だったからだろう。そして、企業という場で出世するということを、父は夢を叶える手段にもゴールにもしなかった。自分らしく生き通したことで、素晴らしい成果と、強い人間関係をも手に入れたのだ。誇らしくも、羨ましい一生だったと思う。

 幼い頃の、私の夢はなんだっただろうか。
 今、そんなことを思う。
 夢は、具体的でなくても良いのだと、父の一生を感じながら思う。
 夢に向かう、生き方。
 それが、人の人生の価値を決定付けていくのだ。

 見果てぬ夢に自分を追い込む度胸もなく、企業人としての自分の生活を「生業」と呼ぶ。
 私は、風流人として楽しく日々を暮らしているともいえるけれど、生活は不満に満ちていて、どこか言い訳めいている。一本の筋がない・・・。

 ブログの再開にあたり、 
 一度、無邪気に夢の話をしてみようと思った。

 私は、小さい頃有名になりたかった。
 役者に憧れたこともあったし、作家になりたいとも思った。
 それは、一流の人間と関わり、一流の人間と語りあえるということを意味していた。

 有難いことに、私は、一流の方々と出会う多くのチャンスをいただいている。
 そして、「生業」なんて嘯いているけれど、企業人として一流の人に出会えるチャンスがあるから、結構楽しく毎日を暮らしているのはないか。

 そう思えば、私は夢の途中だ。

 気づいたことで、夢の扉は開くだろうか。

 あとは、自分自身が、その一流の人に向き合っても恥ずかしくない存在で、対等に会話するに不足のない知識と、話術と、立場を備えられるかということである。

 気づいたときには親はいない。
 父は、どんな小さな目標、大きな目標を立てながら、夢を叶えていったのだろうかと思う。

 でも、なんだか、ちょっと、頑張れる気がしてきた。
 今のままで、自分らしく、である。 




              

             BGMは、ヤッシャ・ハイフェッツのヴァイオリン。
             サラサーテ の ツィゴイネルワイゼン 他 1951-1952
| 15:51 | その他 | comments(2) | trackbacks(0) |
黙祷
 今日は、憧れの作家が、楽しみにしていた作品を完成させることなく、この世を旅立った日である。

 2010年7月3日あの日から3年もたったのだと改めて思う。
 今年の3月にはポプラ社から絵本や幼年ものを中心に童話集が出て、新たに描かれたであろう表紙絵に、新しい何かを得られるに違いないと、心ときめいたが、まだ開けられていない。
 当時、自分が書かせていただいた追悼文をブログにまとめてみようかと、ファイルを開いてみるが、自分が読むだけで閉じてしまう。
 
 自分の夢も、書き手、読み手、手渡し手が共に切磋琢磨する場をつくるために尽力したいという思いも、あの日から、なんとなく中途半端さを抱えながら、私の中でくすぶっている。

 こんなことではいけないのだけれど。

 黙祷。

                  後藤竜二童話集 全5巻
| 06:42 | その他 | comments(0) | trackbacks(0) |
恋の歌☆
 美輪明宏の「ヨイトマケの唄」が昨年の紅白以来、メディアで取り上げられることが多くなった。
 「ヨイトマケの唄」は、もう随分前、父が自分の幼少時代とシンクロ気味に感動し、聞いていたことを知り、CDを購入して聞いた。父の人生を知る上では、貴重な経験であったが、その歌詞や、メロディや意味性自体に魅かれることはなかった。
 「美輪明宏の世界」というシャンソン中心のCDの中で、気持ちに響いたのは、「人生は過ぎ行く」という歌だ。
「好きよ 好きよ 好きよ」
 歌うような、話すような、歌の一部のような舞台のセリフのような雰囲気で、新鮮だった。
 この歌は、自分の老いを感じはじめた女が、たぶん自分より年下の愛人が、オシャレをして出かけるのをベッドの中で問い詰め、命がけで引き止める歌だ。
 好きよという言葉のくり返しと、電気をつけないでと叫ぶ姿にもの凄い情念を感じ、強いインパクトがあった。

 この歌を聴いて、思い出したのが、原田知世が歌う「早春物語」。
 情念とは程遠い、原田知世の初々しい可愛い声が印象的な歌。赤川次郎原作作品の映画化(1985年角川映画)で、当時、17歳だった原田知世が、大人の恋に背伸びする少女の姿を演じて話題なった。原田知世演じる女子高高校生の瞳が、偶然出会った中年男・梶川(林隆三)に魅かれるが、彼は瞳の母がかつて愛した男だったという、ちょっとペタな物語で、林隆三が見るからにずるい大人で、ほんの少し下の世代であった私には魅力的には感じられなかった。当時、全く揺らがなかったわけである。もちろん、大人の男のずるさを描いた作品でもあるわけだが・・・。
 しかし、原田知世の歌は印象的だった。
「逢いたくて 逢いたくて 逢いたくて」
と、単調に繰り返される透き通った声に、恋の切なさを思った。

 両極端なようでいて、このくり返しに、その年にしか表現し得ない、女の恋への思いを描く。
 今、なんだか、そんな思いで、この歌を、聴いてみている。
 
 
「早春物語」  作詞:康珍化 作曲:中崎英也 歌:原田知世

逢いたくて 逢いたくて 逢いたくて
あなたにすぐに
逢いたくて 逢いたくて 逢いたくて
心は叫ぶ
逢いたくて 逢いたくて 逢いたくて
逢えない時は
せめて風に姿を変えて
あなたのもとへ

想う気持ちは 海の底まで
胸のせつなさ 空の上まで
他の誰かに 愛されるなら
あなたのために 悲しむ方がいい

逢いたくて 逢いたくて 逢いたくて
一秒ごとに
逢いたくて 逢いたくて 逢いたくて
涙が出るの
逢いたくて 逢いたくて 逢いたくて
会えない人に
せめて星のかけらになって
あなたの髪に

風は願いを 運んでく船
まちがわないで 彼につたえて
もとのわたしに もどれなくても
かまわないから 抱きしめてとだけ


「人生は過ぎ行く」 LA DROIT D'AIMER 訳詩:美輪明宏
                作曲:Joel Holmes  歌:美輪明宏

好きよ 好きよ 好きよ 好きよ
冷たい背中ね 貴方
好きよ 好きよ 好きよ
どうしたの 何とか云って
好きよ 好きよ 好きよ 好きよ
怒らないで もう云わないから
好きよ 好きよ 好きよ 好きよ
灯りをつけないで お願い

時間は流れる 怖ろしい速さで
私を見捨てて 人生は過ぎ行く
指からこぼれる最後のこの恋
すがって泣いても残酷に去り行く

好きよ 好きよ 好きよ 好きよ
どうして服をきるの
好きよ 好きよ 好きよ 好きよ
そんなにお洒落して 何処へ行くの
好きよ 好きよ 好きよ 好きよ
わかってるわ あの子の所ね
好きよ 好きよ 好きよ
あの子幸福ね 昔の私みたいに

時は流れる 怖ろしい速さで
私を見捨てて 人生は過ぎ行く
指からこぼれる最後のこの恋
すがって泣いても 残酷に去り行く

ジュテイム ジュテイム ジュテイム ジュテイム
どうしてそんな目で見るの
ジュテイム ジュテイム ジュテイム ジュテイム
老けたでしょ 私 ハ ハ ハ
ジュテイム ジュテイム ジュテイム ジュテイム
同情なんかまっぴらよ さあ 行って!
ジュテイム ジュテイム ジュテイム ジュテイム
お願い行かないで 行ったら死ぬわよ!

時間は飛びたつ 怖ろしい速さで
私を見捨てて 人生は過ぎ行く
指からこぼれる最後のこの恋
すがって泣いても残酷に去り行く

行かないで 行かないで 行かないで 行かないで
窓から飛び降りるわ!        

美輪明宏の世界DREAM PRICE 1000/原田知世 時をかける少女


| 05:19 | その他 | comments(0) | trackbacks(0) |
我が家のお年玉☆ 2013
 姪っ子甥っ子が怒涛の勢いでやってくるお正月。私からのお年玉は、書籍です。
 ゆかちゃんと言えば本というイメージは子どもたちの胸にもしっかり根付いているようです。
 今年は、お嫁ちゃんからのリクエストで、「図鑑系」から選びました。

 小学校1年生の、姪っ子のんのんへは、
              
宇宙
             講談社の動く図鑑MOVE 『宇宙』

  あと数日で4歳の甥っ子、けいちゃんには、
               
絶滅動物のひみつ (学研まんが新ひみつシリーズ)
         学研まんが新ひみつシリーズ 『絶滅動物のひみつ』 
 
  もう一人、あと数日で2歳の甥っ子、こうちゃんには、
              
たべたのはだれ? 改訂
            童心社 藪内正幸 『たべたのはだれ?』

を、プレゼントしました。しばし、みんなで交換しながら、熱心に読書。『宇宙』にはDVDがついているのもポイントが高いみたいで、帰ったらすぐ見るとのこと。
 私は図鑑モノは弱いので、いずれも未読。
 同じものを購入しているので、順番に読んでみることにします。

 さて、昨年もついでのように、今年の目標を述べましたが、今年も「一年の計は元旦にあり!」コーナーとして、最後に今年の目標を少し述べておきたいと思います。
 
 昨年は、なんだか、疾風のように過ぎ去った一年でした。
 こうありたいという熱と、自分の行動量がそぐわず絶えず気持ちがギクシャクしていていたように思います。見渡してみれば、結構楽しく活動しているのに、いつもお疲れモードで、何かに焦っていて。
 昨年も、ありがたいことに、良い先輩や仲間に恵まれ、刺激的なこと、楽しいこと、たくさん声をかけていただきました。それはそれで、もちろん楽しいし、自分のためになっているのだけれど、自分の一番したいことは何? という根源的で青臭い問いはいつでも自分の中にあったような気がします。
 すぐ疲れてしまう自分とか、落ち込んでしまう自分とか、がんばれない自分とか、それなりに器用にこなすことだけはできることに満足しそうな自分とか。この一年、自分が大好きで世界中が自分のものだと思えた瞬間ってあったかな。
 誤解を恐れずに言うと、私は、自分が誰よりも好きです。
 今年は、そんな誰よりも好きな自分が、誰よりも素敵に輝けるよう、ストイックに、そして貪欲に何もかも鍛えられる年にしたいと思います。

 例えるなら、モハメド・アリのこんな言葉。

「チャンピオンはジムで作られるものじゃない。彼らの奥深くにある『何か』で作られるんだ。例えば願望、夢
、ビジョン。そのためにはどんな土壇場でも耐えるスタミナと、少しばかりのすばしっこさ、そして技術と意志が必要だろう。だが意志の力はどんな技術よりも更なる強さを与えてくれる」

 自分自身が、こうありたいという思いの強い人間でありたいと思います。
 そして、それに向かって真摯に努力できる人間でありたいと思います。
  
 本年も、どうかよろしくお願いいたします。
| 15:13 | その他 | comments(0) | trackbacks(0) |
2012年マイ☆ベスト
  昨年、大晦日に一年の振り返りをやっているので、今年も、さてさてと、一年を振り返ってみることにした。
 今年は、生業での転勤があって生活環境が変わったり、つまらないことでクヨクヨしたりして、読書量が激減した一年だった。振り返るのは、何かを突きつけられる気もしてちょっと辛い訳だが、来年への反省と決意も含め振り返ってみることにする。
 
 手元のExcel表のよれば、今年読んだ本は、394冊。
 昨年より160冊くらい少ない計算・・・・いかんいかん!

 読後の印象を「☆」であらわしているのだが、評価は、☆なし〜三つ☆。
 今年は、二つ☆以上のものが10冊しかない。
 一つ☆を見ると、勉強会や、ブックトーク用に、古典や、スタンダードを再読しているケースも多く、スタンダードの強みや質の高さを実感することが多かった反面、刺激に欠ける読書だったかもしれないと反省する。大人の本が読めていないのは大問題。ともあれ、こういう本に出会えた一年だったのだと再確認。
 
 では、振り返りが終わったので

 独断と偏見!2012年マイ☆ベストの発表〜♪
(単に、私が読んだ本が、分母ですので、2012年発刊とは限りません。)
 去年は部門別にやったようだが、今年は、少ないので、羅列することにする。

 ◎今年のベスト1◎

 文句なしの☆☆☆である。

 『世界は文学でできている 対話で学ぶ<世界文学>連続講義』 沼野充義 光文社 2012
  
 ◎今年私が出会えて幸せだった本◎
 
 『アルルおばさんのすきなこと』 松本聰美 国土社 2012
 『八月の光』 朽木祥 偕成社 2012
 『そこに僕らは居合わせた 語り伝える、ナチス・ドイツ下の記憶』 グードルン・ハウゼヴァング みすず書房 2012

 映画や舞台について、今年は、本当に数が減った。遊び人の金さんの名折れである。

 ◎映画◎
 該当無し
 
 ◎舞台◎
 五月大歌舞伎「平成中村座」  神明恵和合取組 め組の喧嘩
 「市川海老蔵 古典への誘い」

 こんな一年だったが、講演会や勉強会だけは、これまで以上に参加させていただいたと思う。
 なかでも、古田足日さんの勉強会、平野啓一郎さんの対談や、あまんきみこさんの講演会は刺激的で有意義だった。ぜひ、来年も、チャンスを逃さず参加したい。

 ブログを読んでくださったる皆さんに感謝した一年でもあった。
 読んでくださっている皆さん、本当にありがとうございます。今年一年、お世話になりました、そして、来年もよろしくお願いいたします。

 来年も、たくさんの素晴らしい作品に会えますように。そして、素敵な一年になりますように!
 来年は、もっともっと読んで、観て、遊びます! では、また明日
| 14:59 | その他 | comments(0) | trackbacks(0) |
演劇界 2012年12月
  雑誌『演劇界』2012年12月号の巻頭大特集は「歌舞伎と映画」である。
 銀幕を飾った俳優として、市川雷蔵、大川橋蔵、萬屋錦之介の考察がなされていて興味深い。
 中でも、わが敬愛する萬屋錦之介についての上村以和於の語りが素晴らしい。

 
萬屋錦之介と、中村錦之助と。
 その人を、萬屋錦之介という名前で記憶している人と、中村錦之助という名とともに思い出を甦らせる人と、大げさに言えば二種類の人種がいる。萬屋錦之介と名を改めたのは昭和四十七年だが、つまり、それほど、この人は俳優として大きな変貌を遂げたのだった。

 そんな言葉で始まる評は、批評としての評価以上に、どちらを自分の胸に大切な思いと共に刻みつけたかという見る側の受けとめ方に関わるものだと言い切っている。この役者への、評論家のそういう眼差しこそが、多くの人に愛された稀有の役者の人生を物語っているのかもしれないと思う。

 私がライブに知っているのは萬屋錦之介であるわけだが、多くの中村錦之助映画を幼い頃から見ていたせいもあり、「錦兄ぃ」の存在は、どちらに偏ることもなく自分の中で共存している。リアリズムに傾いたころのすざまじい形相も、アイドル然とした陽性の啖呵も、そして、映画全盛期の役者特有の武勇伝も、ゴーストライターを使わず書いた、ちょっとヘタッピなんだけど成熟された世界に裏打ちされた人間性溢れる、豊かなエッセイもすべて私の憧れの「錦兄ぃ」だった訳である。
 上村以和於は、「稟質の高さ」という表現をしている。
 稟質とは、天からうけた性質。生まれつきの性質。天賦の性質。天性。の意であり、この美しい言葉は、萬屋錦之介という役者を見事に表現しているのではないかと思う。

 上村以和於は言う。

 
内田吐夢監督との『宮本武蔵』五部作は、一年に一作ずつ五年がかりで、武蔵を演じる錦之助の俳優としての成長と武蔵の剣に生きる者としての成長を重ねようという構想が見事に当たって、一作ごとに、錦之助が演技者として大きくなってゆくのを目の当たりに見せた。そうしてその先に、萬屋錦之介への変貌が達せられるのだが、私個人の思いとしては、この辺りから、わが心の中村錦之助との別れになったような気がする。重々しく、暗く勿体がついてゆく錦之介に、私はあまり馴染めなかった。以後の錦之介については、私よりふさわしい語り部がほかに多くあるだろう。

 そして、こう結んでいる。

 
晩年、甥である当代の歌六にこういうことを言っていたという。熊谷でも盛綱でも、やれと言われたら明日にでもやって見せられる。だが俺の体には、もう歌舞伎の匂いがなくなってしまったのだ、と。
 私はこの記事を読んで感動した。錦之介は、歌舞伎を深く愛していたのだ。そうして歌舞伎と、自分自身を、よく知っていたのだ。

 私は、この結びに、何故だか、泣き出したいほど胸が熱くなった。


                  
| 15:24 | その他 | comments(0) | trackbacks(0) |
18代目 中村勘三郎
 歌舞伎俳優、中村勘三郎さんの本葬が、築地本願寺で営まれた。
 弔辞を聞けば、その人の生き様や、人間関係を偲ぶことができる。

 坂田藤十郎
 「あなたが新しい歌舞伎座に立ち、これからの歌舞伎
界を引っ張ってくれると信じて疑いませんでした」
 坂東三津五郎
 「目をつぶると、横で踊っている君の息づかい、い
たずらっぽい目の表情、躍動する体が蘇ってくる」
 
 素晴らしい言葉を引き出せる生き方をした方なのだと、改めて感
じいる。なかでも野田秀樹の言葉は逸品。
 「君の中には芝居の神髄がぎっしり詰まっていた。それが君の死とともに跡形もなく消え去る。それが悔しい」
 桜も人も散るからこそ美しい。芝居もまた、無形であるが故の美しさがある。悔しさを湛えた美である。

                
| 23:28 | その他 | comments(0) | trackbacks(0) |
一心如鏡
 今更だけど、名刺を作成。裏に座右の銘もデザインしてもらった。

 座右の銘 「一心如鏡」

 活字の並びだけでも、心意気は伝わりそうだが、私の思いを書いておこう。

 一心如鏡 読み下せば「一心鏡の如し」である。
 一心太助の腕の彫り物として知られている。
 私にとって、太助兄ぃは、中村錦之助の当たり役であり、月形龍之介演じる、親分、天下のご意見番・旗本の大久保彦左衛門との、主従を越えた交流と信頼が魅力的な東映映画のイメージだ。

 一心太助は、小説、歌舞伎にも取り上げられている、講談の登場人物。三代将軍家光の頃に、旗本大久保彦左衛門のもとで、活躍したと伝えられる漁商である。
 喧嘩っ早くてお人好し、威勢がよく、義侠心に富み、義理人情にあつい江戸っ子の典型として描かれている。
 喧嘩の理由になる、大義名分と意地が、常に人のためにあることが痛快で、武士は武士の、庶民は庶民のメンツへの価値観が、自分を主軸としたものの考え方の原点を突きつけてくれるような気がするのは私だけではあるまい。

 その、太助兄ぃが、左腕に「命」右腕に「一心如鏡」の彫り物をしているのだ。

 「男の中の男になりたい」と、言う太助に、彦左衛門が、「命を的に、一心を貫けは、人々は、その一心を受けた鏡のように、お前を男の中の男と呼ぶだろう」と答えたことに由来しての彫り物である。

 何事も、自分の心意気が常に中心であり、その真っ直ぐで打算なき気持ちに従って生きていさえいれば、人の評価は、自分の心意気を鏡のように映してくれるはずという言葉だと私は解している。
 ブレず、媚びず。
 良いことも、悪いことも、人のためだからとことさら酔わず、人のせいにもせず、常に、主語を自分の心意気と義侠心にすえることは、なんともエネルギーと心の強さを要し、損な生き方であろうか。
 それゆえに、それは純粋で美しい生き方だと思うのだとも思う。

 余談ではあるが、日本人は「一心太助パターン」と呼ばれる物語の形を好むのだと言われている。
 正義感溢れ、権力に対してもしっかり立ち向かえる若者と、その若者を是とし、何があっても信じ守ろうとする権力者との信頼と交流が全体の基本にある物語である。

 実生活では、なかなか、どちらの立場になるのも難しい。
 文字通り、命を的にせねばならぬからだ。
 だからこそ、そう生きたいと切に願う。

 ちょっと自慢の名刺である。
 どこかで私を見かけたら、「名刺、ちょうだい!」と声をかけてください・・・ね。


                    
| 23:06 | その他 | comments(0) | trackbacks(0) |
「体操服!いってらっしゃい おかえりなさい」の集い
 2012年5月25日 京都のホテルオークラにて、今関信子さんの出版のお祝い会をかねた、 【「体操服!いってらっしゃい おかえりなさい」の集いに参加してきました。
 呼びかけ人の京都市議の鈴木正穂さんのご挨拶に始まり、司会には、児童文学作家の越水利江子さん。
作家、評論家、編集社、出版社関係の方々から、京都市長をはじめ政治家の方々、教育委員会や学校の先生方、実務を担う役所の方々。そして、旭化成、帝人ファイバーなどの企業の方々が参加されていて、とても華やかなパーティーでした。
 

 ☆今関信子さんの著作『永遠に捨てない服が着たい』の紹介はこちら☆
     参考 →  
http://yukareview.jugem.jp/?eid=138

  印象的だったのは、ホテルオークラのケーキの美味しさだけではなく!? 皆さんの力強い言葉でした。
 特に、京都市長の
「京都市はブレずにすすめます!」
と、いう宣言・・・。今関信子さんの著作を読んで、この取り組みへの一番の疑問は、金銭面でした。再生紙が、再生紙より美しい普通の紙より高価である現状を生業で目の当たりにしている私としては(それでも企業の社会的責任から再生紙を買うのですが)京都市が、そのコストを負担していると聞き、この一見地味なで、着実な環境問題の取り組みが持つ背景の大きさに感動を覚えました。そして、腹の据わった市長の発言は、なんだか自分のことのように嬉しかった。この大きさと近さがこの取り組みの本質なのだと思います。
 正直、ホテルオークラでのパーティーにお誘いいただいた時、身近な環境問題である著作、そしてこのプロジェクトにしては、豪勢だなぁと思ったのですが、旭化成、帝人ファイバーの役員の方々のお話を聞くにつけ、一流の方々が、それぞれ本業と絡む、心意気を発揮されたからこそ成り立つものであって、ある意味ホテルオークラがふさわしい取り組みであるのだと感じました。
 そして、そこに、超ラフな格好で現れた、理想の体現者・太陽の写真家・岡部達平さん。
 岡部さんが、当日着用されていたのは、永遠に再生可能な繊維でつくられた服だという説明があり、このパーティーの雰囲気こそが、この取り組みを本当によく表しているなぁと思いました。
 ラフで真っ直ぐな理想を持つ人、そしてその理想を形にするために呼応した、肩書きのある一流の組織人たち。みんな素敵でした!

 以下、岡部達平さんのお話。

 都市立清水小学校で授業をしたときのことです。「先生の実践しているエコはなんですか?」と質問を受けました。移動には自転車や公共交通機関を使う、水筒を持ち歩く、そして、何度もリサイクルできる服を着ていますと言いました。
 授業のあと、女の子が駆け寄ってきてくれて、「私も永遠に捨てない服が着たい。大人になったら(お金を貯めて)買います。でも大人になるまでの10年、地球はまってくれますか?」と。大丈夫だよと言うことはできませんでした。そのかわりに、学校でみんなが一緒にものを大切にできる場をつくってあげたい、そう思って始めたのが「体操服!いってらっしゃい、おかえりなさい」プロジェクトです。

        
| 23:51 | その他 | comments(0) | trackbacks(0) |