ぜひぜひ読んでほしい本のショートreviewをUPします!
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ラスト・ナイツ

賛否いろいろあった映画だが、見てみたかった。

「忠臣蔵」を題材に、紀里谷和明が、ハリウッドで撮った映画である。しかも、名優 モーガン・フリーマンがでているとあらば、興味を持たない方がおかしいと思う。

さて、この映画を観て感じた、興味深さをなんと表現すれば良いのか。

映像極めて美しく、俳優たちの演技も申し分なかった。ストーリーに破たんもない。

しかし、ある意味で完璧なこの映画に、動かない私の感情はなんだろうか。

それは、たぶん、日本人として「忠臣蔵」に求める、大切な何かがこの映画には欠けているのだろう。冒頭、忠臣ライデン(クライヴ・オーウェン)大石内蔵助か? が、バルトーク卿(モーガン・フリーマン)浅野内匠頭か? に意見するシーンがあるのだが、そこですでに私の心は離れてしまう。天に向けた刃を、若い怒りではなく、余命を感じた老人の良心の叫びとして描いたのは巧い展化だとは思うが、いずれにせよ、主君に訳知り顔で意見できる男は、日本では忠臣ではないからだ。思いをぶつける、思いを伝えるは、日本では、身分の隔たりがある場合、「言葉ではない何か」でなくてはならず、受け止めるべき宿命であるところからしか物語は生まれないからだ。

伊原剛志の演技が光っていた。

伊原演じるイトーは、所謂吉良上野介(ギザ・モット大臣・・・アクセル・ヘニー)の家臣の役だが、人としての気持ちの動きと、家臣としてのあるべき姿という二律背反を包括する良い表情をしていた。

これが日本人なんだと感慨を覚えた。

これは、映画の出来ではなく、文化の違いなのだ。

そう思えば、この多様な国籍の人間が集まってできた「忠臣蔵」は、ことさらに、日本人の美意識とは何かを私に考えさせてくいれる。

 

                

               

                 2015 アメリカ  監督 紀里谷和明

            キャスト クライヴ・オーウェン モーガン・フリーマン 伊原剛志

| 17:48 | DVDなど | comments(0) | trackbacks(0) |
春風亭一之輔落語集 雛鍔 明烏

やる気なさそうな、気のなさそうな導入なのに、いつのまにか引き込まれている。

これが話術というものかと不思議な躍動感。

 

下ネタの中のインテリジェンス。

雑多な感情がうごめく中、憑依するように登場人物が語りだす。

 

          

              春風亭一之輔落語集 雛鍔 明烏 2013 コロムビア

           

| 16:01 | DVDなど | comments(0) | trackbacks(0) |
おくりびと
 主演の本木雅弘は好きな役者ではない。
 だからというわけではないのだが、話題作を見ないまま本日を迎えてしまっていた。

 納棺師の物語である。
 当時、納棺師という仕事について知っている人は少なかったのではなかろうか。
 知らない仕事を知れるのである。死にまつわる仕事であれば、そこには凝縮されたその人の個別の人生が存在する。感動と、ドラマがあって当たり前ではないか?

 へそ曲がりは損をする。
 早く見たらよかったのに。
 素晴らしい映画だった。

 納棺師。死者と、残されたものの思いを繋ぎ。その場に立会い、悲しいはずの別れを優しい思いで満たしてくれる人。

 山崎努の重厚感とクセのある演技よりも、余貴美子の過去のありそうな存在感よりも、吉行和子、笹野高史の存在感よりも、本木雅弘の清潔感溢れる若々しさが印象に残った。
 当時四十歳を当に越えていた実年齢ことを考えれば、驚異的な穢れなさである。
 このイメージが、普通の生活人でありながら、納棺師としての静謐で、厳粛な、存在を表現していた。

 やっとの思いで、チェロで生計をたてることが出来、東京の管弦楽団で職を得た小林大悟。しかし、突然楽団が解散をすることになり、自分の夢と能力の限界を自問することになる。夢を諦め、妻の美香とともに、故郷の山形県に帰ることを決意。
 故郷での職探し、経験年齢不問の「旅のお手伝い」と書かれた求人広告を旅行代理店だと思った大悟は、面接に向かう。
 そこは、納棺業務を行う会社で、大悟は想像すらできない仕事に臆するが、強引な社長に押しきられる形で就職することになる。

 次第に納棺の仕事に誇りを感じ始める大悟。
 しかし、その気持ちと反比例するように大悟の仕事は周囲の人々の知るところとなり、汚らわしい、普通の仕事ではないと差別と偏見にさらされる。
 その風にさらされる、大悟の若さと、死者へ向かう真摯さは、夢を諦めたときにプロ使用の名器は売り払ったため、子どもの頃使っていた、大悟には小さすぎるチェロを演奏するシーンに象徴され、精神的に、形式的に、人が死ぬことに立ち会うことの意味深さを歌い上げている。

 自分を捨てた父の遺体を目にした大悟。
 その人の生きた証は、やはり、見送られ方で完結するのだと感じさせてくれる。
 この父がいたから、命は脈々と流れていく。
 しかし、人は、一人で決断しなければならないこと、一人で迎えなければならない時がある。

 なんとも幸福な気持ちにさせてくれる映画だった。

            
                 滝田洋二郎 監督 2008 日本映画           
| 14:20 | DVDなど | comments(0) | trackbacks(0) |
グーニーズ
 海沿いの町。親たちの金銭的都合で、家を立ち退かねばならず。生まれ育った町を出て行くことを目前にひかえた、子どもたち「グーニーズ」が、屋根裏で古地図を発見。
 それは、伝説の海賊ウィリーが隠した宝の地図。 
 地図を読み解きながら、「グーニーズ」の面々は、町の外れの埠頭に立つ廃屋にたどりつく。そこには、恐ろしいギャングの母子が住み着いていた。
 暖炉の中の秘密の階段から逃げ込んだ地下道、海賊船の船長ウィリーの仕掛け、宝にたどりつく事なく果てた人々の骸骨が横たわる洞窟。
 
 少しハイテンションすぎる子どもたちと、わざとらしく下品な会話、辻褄度外視のアドベンチャーは、まさしく、あの頃輝いていたアメリカ映画。
 現代の感覚からすれば映像の迫力は物足りないとも言えるのだろうが、さすればこそテーマパーク感覚で楽しめるともいえる。
 
 

                       グーニーズ 特別版 [DVD]
                               リチャード・ドナー 監督 1985 アメリカ
| 22:40 | DVDなど | comments(0) | trackbacks(0) |
スラムドッグ$ミリオネア
 クイズ番組「クイズ・ミリオネア」は、日本でも有名だが、もとは「Who Wants to Be a Millionaire?」というイギリスの番組であり、60以上の国でそのスタイルでのテレビ番組があるようだ。
 この映画の舞台はインド。
 地位も名誉もある知識人でも成し得ない全問正解を、無学な18歳の少年が達成しようとしている。あと一問を翌日に控え、前人未到の最高金額を手に入れようとしていた少年は、不正を疑われ逮捕されてしまうのだ。
 そこで明かされた、クイズの答えと、彼の人生の関係、記憶に焼きついた、その物語とは・・・。

 視聴者たちは、人が、富を手に入れ、今までではない何かに変化する瞬間を求め、このクイズ番組を見、そして自分も出場したいと願う。
 しかし、そんな視聴者の思いとは裏腹に、彼の、このクイズの正解には、彼の人生、今がある。

 運ではなく、運命。

 この、違和感がこの物語の魅力だ。
 そして、彼は、富を得るためではなく、初恋の人が、この番組を見ていると信じて、この番組に出場したのだ。

 兄の存在が良い。
 その時々で、最良を選び続けた兄の強さと意思は死に向かうしかなかったのだろう。

 最後は、親族を選ぶ。その確かさにも希望を思う。

 兄の死にも関わらず、ラストが軽いという批判もありそうだが、生きること、愛すること、守ること、すべてに正直でパワフルである登場人物たちはきれいごとでなく魅力的である。
 クイズの答えが、すべて、体験ではなく、人を見る目であったり、やっぱり直感の部分もあったりする部分にも好感が持てた。

★アカデミー賞最多8部門を受賞
<作品賞><監督賞><脚色賞><撮影賞><編集賞><録音賞><作曲賞><主題歌賞>
★ゴールデングローブ賞最多4部門を受賞
<最優秀作品賞><最優秀監督賞><最優秀脚本賞><最優秀作曲賞>
の呼び声をこえるものではないけれど、見て損はない映画だと思う。



           スラムドッグ$ミリオネア [DVD]
                 ダニー・ボイル 監督 2008年 イギリス
| 21:09 | DVDなど | comments(0) | trackbacks(0) |
悲しみよこんにちは
 言わずと知れたフランソワーズ・サガンが書いたベストセラー小説の映画化。
 当時、19歳だったジーン・セバーグを「セシルカット」という言葉と共に一躍スターダムにのし上げた映画でもある。
         
 南フランス、リビエラの別荘で、セシール(ジーン・セバーグ)は17歳の夏を、魅力的で自信家、金持ちで、誰よりも自分を愛している父のレイモン(デビッド・ニーヴン)と、その愛人エルザ(ミレーヌ・ドモンジョ)と三人で過ごしている。
 ところが、そこへ亡き母の親友でもあるデザイナーの「お高い」アンヌ(デボラ・カー)がやってくることになり・・・。
 父と、アンヌの恋。今までの、父の愛人とは全く違う、アンヌの知性と真っ当さ。そして結婚の約束。
 セシールは、自由な父を変えようとし、自分にも母親気取りで干渉してくるアンヌに反発を感じ、その衝突の場面で、アンヌを選ぶ父の様子に激しいジェラシーを感じる。
 セシールの、少女らしい気持ちの動きと残酷さ。
 アンヌのキャリアと強さに似合わぬ、傷つきやすさ、そしてプライド。
 立場も、年齢も違う二人の「少女」が、夏の太陽の下で、一人の男を巡ってぶつかった時、それは、死によってしか幕がおろせない、結末の無いドラマになるしかなかった。
 
 再び、セシールは、父の暇つぶしのような愛人と、今を過ごしている。
 父は、今の愛人に飽きたと、セシールに言い。あの夏、アンヌに出会うまでに言っていたように、セシールこそ最愛だという。
 だけど、時は戻らない。
 二人の間には、けっして言葉にされることのない、あの夏がある。

 別荘での様子が、カラーで、現在が、白黒の映像・・・セシールの心情が表れている。
 後悔にも、達成感にも、なにものにも昇華しなかった、あの夏の、引きちぎられたような思いがある限り、セシールは、意味のない日常を刹那的に過ごし、もう誰も愛せないのかもしれない。
           
 「BONJOUR TRISTESSE」

            悲しみよこんにちは [DVD]
              オットー・プレミンジャー監督  1958年 アメリカ
| 21:43 | DVDなど | comments(0) | trackbacks(0) |
サガン   悲しみよ こんにちは
 「自由を定義したら、それはもう自由ではないわ」

 シルヴィ・テステューが、サガンの人生を演じている。
 それは、自分の人生に何の規制ももうけず、しかし、孤独で、不自由に生きたフランソワーズ・サガンという生き方に対する、愛をもったアプローチともいえる。

 処女作『悲しみよ こんにちは』がベストセラーになり、億万長者になったサガン。彼女のお金を、文字通り湯水のように使うトリマキたち。ギャンブル、コカイン、二度の結婚と離婚、借金、同性愛、生死をさまよう自動車事故。
 その疾走感、危うさ、孤独は、見るものに、極めてピュアな、哀れみと、ジェラシーという相反する感情を抱かせる。

 私は、サガンを、小説とポートレートでしか知らないが、内気そうに微笑む立ち姿や、神経質そうに髪を触る姿。嫌われることがわかっていても、言ってしまう言葉。強いと思われることへの自負と恐怖。彼女の小説を読んでいないファン。そして、小曲だという評価。サガンは、自分の作品の小さな評価に傷つき心を乱す。
 波乱と虚飾に彩られた、孤独に満ちた映画だ。

 深い共感や自己投影ができるようにはつくられていない。
 サガンの生き方を眺めながら、自分を感じるしかない。

「 書くことは 危険な情事に似ている
 官能的な衝動だ
 妥協を知らない魅力的な男と−
 関係を持つのと同じだ
 時にためらい 時に勇気をもって近づく
 自分を裸にして 登場人物と1つになり−
 考えを共有する
 それを書くために−
 部屋で白い紙に向かう
 想像力が奔馬のように 頭を駆けめぐる
 駄馬でもいい 調子外れの曲でもいい 」

 書くこと・・・その行為さえ、サガンを幸福にはしてくれない。
 



              サガン-悲しみよ こんにちは- [DVD]
                 ディアーヌ・キュリス 監督 2008年 フランス


         
           こちらは、実際の。フランソワーズ・サガンの肖像☆
      
| 23:26 | DVDなど | comments(0) | trackbacks(0) |
チャンピオン伝説 世界ヘビー級を制した5人の王者たち
 モハメド・アリ、ジョー・フレージャー、ジョージ・フォアマン、ケン・ノートン、ラリー・ホームズ。
 世界ヘビー級を制した5人の偉大なる王者たちの闘いの軌跡を追った傑作ドキュメンタリー。

 同じ階級に、これだけのボクサーが、揃っているのだ。
 その時代のボクシングが面白くないはずはない。
 
 私がリアルタイムで知っているのは、全盛期を過ぎたアリの姿だ。最強という言葉にふさわしいのは、ジョージ・フォアマンだという思いが強い。
 アリは、すでに伝説だった。
 ハワイでの、信号待ち、横につけたオープンカー、褐色のハンサムガイ。父の思い出話の華やぎとともに、アリは、私にとって、一人のボクサーという存在を超えて、伝説だった。

 すべてダイジェストではあるが、キンシャサの奇跡をはじめ、多くの試合が収録されている。
 アリのボクサーとしての経歴を堪能するにも、一人のボクサーとしての存在を超えた波乱の人生を振り返るのにも、少し物足りない142分。
 
 しかし、カリスマという言葉が安易に使われすぎる現代。
 本当のカリスマとは、アリのことを言うのだと思い知るには充分な映像。
 そして、時代とアリの戦いにも心魅かれる。

 オレほどハンサムだと、謙虚にはなれない。 

 5人の王者が再会し語り合う「王者たちの晩餐会」は、やんちゃ坊主然とした大人たちの、じゃれあいが感動的ですらある。 



              チャンピオン伝説 超完全版 ~世界ヘビー級を制した5人の王者たち~ [DVD]

   明記はされていないが、アリが47歳と語るシーンがあり、1989年頃の映像と思われる。  
| 21:59 | DVDなど | comments(0) | trackbacks(0) |
快傑ジュリーの冒険
 よくわからない題名と、けっして素敵とは言えないジャケット。
 しかし、インターネットの時代とは便利なものである。
 これが何かを瞬時に知ることができる。

 古いCDを引っ張り出して歌を聞き、その勢いで、「太陽を盗んだ男」(参考 
http://yukareview.jugem.jp/?eid=487 ) という映画をみて、今更ながら、沢田研二というアーティストの表現力にホレボレしてしまった。
 沢田研二といえば、衣装の美しさや振りの奇抜さが印象深くあるが、当時のステージを、今見たらどんな感想を抱くのであろうか? そんな好奇心から手に入れたのが、このDVDだ。
 バラエティー番組の歌のコーナーをつなぎ合わせただけの、極めて乱暴で粗雑なものである。
 
 しかし、この乱暴で粗雑な映像が、どにかく凄い!
 1976-1987年(28-39歳)の沢田研二のライブの様子をフルコーラスで見ることができるのだが、1曲5分に満たないドラマは圧巻である。
 沢田研二という主人公、素材、表現力もさることながら、スターをスターとして魅せようとする映像、カメラワークも興味深かった。
 映像美とは言わない。
 多分、美しさだけを競うとするなら、技術の問題として、現在に勝てようはずがない。しかし、沢田研二という大スターを被写体としながら、執拗に、手袋をぬいでポケットにねじ込む手だけを追いかけたり、少し汗ばんだ耳を横から大写しにする度胸は丁寧なコミュニケーションあったればこそではないか。
 なんとも美しく色っぽい。視線に、指先に、身体の動きに、リズムを添わせながら、ただただ感心するしかない映像である。
 
 

                  快傑ジュリーの冒険 [DVD]
    2002 DVD発売  テレビ番組「ドレミファドン」の歌の部分をつなぎ合わせたもの。

1. コバルトの季節の中で 1976
2. さよならをいう気もない 1977
3. 勝手にしやがれ 1977
4. 憎みきれないろくでなし 1977
5. サムライ 1978
6. ダーリング 1978
7. LOVE(抱きしめたい 1978
8. カサブランカ・ダンディ 1979
9. OH!ギャル 1979
10. ロンリー・ウルフ 1979
11. TOKIO 1980
12. 恋のバッド・チューニング 1980
13. 酒場でDABADA 1980
14. おまえがパラダイス 1981
15. 渚のラブレター 1981
16. ス・ト・リ・ッ・パ・ー 1981
17. 麗人 1981
18. おまえにチェックイン 1982
19. 6番目のユ・ウ・ウ・ツ 1982
20. 背中まで45分 1983
21. 晴れのちBLUE BOY 1983
22. きめてやる今夜 1983
23. どん底 1984
24. 渡り鳥 はぐれ鳥 1984
25. アリフ・ライラ・ウィ・ライラ 1986
26. きわどい季節 1987
27. STEPPIN’ STONES 1987
28. CHANCE 1987

   以上、全28曲

         
          
| 22:34 | DVDなど | comments(0) | trackbacks(0) |
太陽を盗んだ男
 沢田研二の主演映画を見てみたいと思った。
 恐ろしいことに廃盤・絶版系のものは、とんでもない高値で取引されている。本当に、こんなものがこんな値段で売れるのだろうか? という感じである・・・さながら三島由紀夫の本みたいだという感想を持ちながら、定価で入手できるものを手に入れた。
 「太陽を盗んだ男」
 題が素晴らしいと思った。
 そして、見終わった後は、ラスト、主人公の人生を、死によって完結させないところがよかった。安っぽいアイドル映画のように、主人公の人生をカッコよく終わらせなかったのだ。にも関わらず、薄笑いを浮かべ、放射能に侵され抜け落ちる髪と、出血を自覚しながらも、ただ、颯爽と前にすすむ、沢田研二の不可解な美しさは逸品だった。
 とんでもないことをやり遂げ、人を巻き込み、殺し、しかし、生きのびられた刹那的で小さな達成感しか得られない男。
 これは沢田研二のための映画ではない。しかし、沢田研二でしか演じられなかった人物像であり、美しさなのだと思う。
 沢田研二演じる城戸誠が、不可解な「新時代」の象徴として、存在している確かさがある。
 
 中学校教師の城戸誠(沢田研二)は、原子爆弾の製造に固執している。教師としての、普通の日常を暮らしながら、東海村の原子力発電所からプルトニウムを強奪し、自室での原爆製造に成功させた。
 城戸は、それを武器に、「9番」と名乗り、警察や政府を相手取り、野球中継の延長や、ローリング・ストーンズの来日公演の開催、5億円と次々に要求していく。
 国家を敵に、孤独な戦い。そして、交渉相手には、警察庁の山下(菅原文太)の指名をする。

「お前は何がしたいんだ?」

 手製の原子爆弾を愛おしそうになでながら、城戸は呟く。
 その姿は、原子爆弾の意思を確認する崇拝者のようでもあり、内的欲求の無いまま生きながらえている自分への自問であるようにも思える。

 狂気と虚無
 監督の長谷川和彦は、公開当時の雑誌のインタビューで、「俺たちは本当に要求のない時代に生きているんだと痛感した」と言っているようだが、まさしく、何が、確かな意思が無いのに国を脅迫し、生きている実感がないのに、死を選ぶこともなく、能力と、時間をもてあます城戸の姿は、あまりにも喜劇的で、悲劇的だ。

 原爆の兄ちゃんこと「9番」に興味を抱くラジオのパーソナリティー沢田零子こと「ゼロ」(池上季美子)を巻き込み、物語は、壮絶なカーアクション、ヘリコプターまで使った追跡劇に展開していく。

 冒頭の、伊藤雄之助のバスジャックで皇居向かいに手榴弾を身体に巻きつけて「天皇陛下に申し上げたいことがある」というシーンは、要求が人を狂わせる世代と、要求無き自意識が、人を狂気に駆り立てる沢田研二の新世代との対比のも感じることができ興味深かった。

 城戸が名乗った、「9番」は、 映画制作当時の核保有国は非公式のイスラエル、南アフリカを含めると8ヶ国。そして、核を個人所有している「オレ」が「9番」と言うわけだ。
 この発想に怖さを感じる。
 そして、人に情報を伝えるすべを持ちながら「ゼロ」と呼ばれ、名乗り、「9番」を崇拝し、愛する池上季美子の存在も。

 憂鬱を抱え、すぐれた能力と行動力があるにも関わらず、中身が何もない人物像。
 「9番」と「ゼロ」が対面するシーンで、ビルが倒れてくるといいながら、二人で高層ビルを押し戻そうとする場面がある。
 奇妙に心に残るシーンだ。

 死を抱えながら、城戸は今も生きている。
 そんな気がしてならない映画である。


              太陽を盗んだ男
                長谷川和彦 監督 1979 東宝映画
| 23:58 | DVDなど | comments(0) | trackbacks(0) |