京極夏彦のよる怪談絵本ということで、発売前からずいぶん噂になっていた絵本だ。
基本ミーハーな私としては、チェックしたいところではあるのだが、今回耐えていた・・・。
こちらの期待が煽られすぎているのだろうか、大抵、衝動買いの悪い見本のような破目に陥ることが多いのである。大人の本を描く作家が描く子どもの本という位置付けは、新鮮である反面、その作家の個性が殺されていることが多いのだ。どうせ、極めてこじんまりと、普通の物語に仕上がっていると決め付けて、今回はスルーする予定だった。
なのにそんな時に、妹が図書館から借りてきた。余計なことを! そんな風に悪態をつきながら、結局私は読み、購入を決意してしまった。
スルーを後悔するほど、面白かった。
絵本でしか描き得ない怪談、これは、「視線」と「気配」の物語である。
おばあさんの古い家で暮らすことになった少年。
骨太い家の、天井の高さ。家が隅々まで管理できない感じ、人気のない静かな部分と、闇の存在がある大きな古い家。
少年の因縁については何も語られないのだが、一人っきりのうなだれた少年には多くのドラマを感じる。遠近を巧みに使い分け、物語の時間の流れに、きっちりと読者を副わせることにも成功している。
何よりも、猫の存在が良い。
家に、当たり前のような顔で、意味ありげに存在する猫の数が、巧みに、闇と少年の心を描いていく。
そして、男の顔。その視線。
今夜は、トイレに起きたりしないよう気をつけなくちゃ。
そこはかとない怖さ。何かに見られていているような視線と気配は、自分の中の何かを引きずり出す。
そう考えると、おばあさんの「みなければ いないのと おんなじだ」という台詞は深い。心の中にある闇と共存するには、見ないということが正しいのか? それが老練な処世術なのか。理屈のような、理屈でないような。得体の知れない怖さとは、理屈と理屈でないの、その間をすり抜けて、「私」を凝視し、五感を刺激してくるものなのかもしれない。
これから、夏に向けて、ぜひ読んでもらいたい絵本である。
書籍データ 岩崎書店 京極夏彦・作 町田尚子・絵
東雅夫・編 201202